sachi’s santai diary

インドネシア語でのんびりという意味のsantai生活を目標に、日々好きな事をして生きているSachiのブログ

自分を・他人を幸せにする

 

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「誰かを幸せにするたびに自分の器が大きくなってお金から自由になる」

 

先日読んだ本に書かれていた言葉です。 

大富豪からの手紙

大富豪からの手紙

 

 

 

本田健さんの本は昔から好きでよく読んでいましたが、以前実家の自分の部屋を大断捨離した際にほとんどの本を売りつくしたので手元には一冊も残っていませんでした。

自分にとって必要な本はまた読みたくなるか、何かしらの形で手元に戻ってくると思っていたのですが、最近この本を何回か目にする機会があり気になったので数日前に電子書籍で再度購入しました。

 

 

改めて読み返してみると忘れていた様々な事を思い出させ、考えさせてくれました。

 

 

その中の一節で気になったのが上の言葉。

 

実際、誰かを幸せにするって奥が深い事ですよね。

私はその誰かを表面的に喜ばせることはできるかもしれないけれど、果たしてそれが本当にその人の為になっているのか、幸せにしているのか悩むことがよくあります。

相談されたり、助けを求められたりした時、根本的な事を教えてあげたいと思ってしまいますが、それは単なる私のエゴなのだろうか、答えをズバッと言ったところで響かないかもしれない、余計なお世話になるのではないか、とよく考えます。

逆の立場だったら、助けてくれるのはいいけれどその交換条件が私の考えを押し付けられる事だとしたら、その相手は迷惑でしょうし、ならその助けはいらないと思ってしまいますよね、きっと。

 

 

例えばよくあるお金のお話。

Aさんから1万円貸してくださいと頼まれたとします。皆さんならどうしますか?

 

1.素直に(あげるつもりで)貸してあげる

2.Aさんの為になる一言をつけて貸してあげる

3.貸さない

どれが果たして本当にAさんの為になるのだろうか・・・私は何時も自問しています。

でも私にはこれに対する答えが未だに出ません。グルグルグルグル、パソコンがフリーズしているような状態でこの問題に直面すると必ずフリーズします。

 

ここで何も言わずに貸してあげたことでこのAさんが幸せになるのであればその人の為になったと思いますが、例えばこのお金が全く生かされなかった場合、私はその人を幸せにしたことにはならないですよね。逆に不幸にしてしまうかもしれません。

人を幸せにするってとても難しい事だと思います。

私の幸せと他人の幸せは違いますし。

 

名は体を表すと言いますが、私の名前も「幸」です。

私は自分をそして他人を幸せにする事がこの人生という短い時間の中でできるようになるのでしょうか。

そのうち人生を歩んでいく中でその答えを感じ取る事ができるようになりたいと日々思っています。